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サルは大西洋を渡った(その1) [つぶやき]

図書館で面白そうな本を見つけました。

サルは大西洋を渡った 表紙.jpg

「サルは大西洋を渡った」
(アラン・デケイロス著 柴田裕之・林美佐子訳)

読んでみたら、やっぱりなかなか面白いけど、中味は重い。
2か月近く、何回も借りなおして、やっと読み終わりました。

ずーっと、生物地理学などの約150年の歴史が、延々と綴られています。
それはそれで、興味深いんですけど、科学の素養がほとんどない私は、
5ページくらい読むと疲れはてる(笑)。
でもいちおう、一般読者向けなので、専門用語などはあまり多くないです。
宇宙論と理論物理学とか、哲学書に比べたら全然マシなので、どうにか読めました。

とりあえず、そんな私がイー加減に読んでテキトーに理解した範囲で、
ご説明しましょう。
たぶん、こまかいところはいろいろ間違ってますので、あしからず。
正しく知りたい方はぜひ本書を手にとってみて下さい。(笑)

150年前と言えば、日本では、箱館奉行所移転の一大プロジェクトとして、
本格的な西洋式城塞、五稜郭の築造が進められていた、そんな頃です。
現在の五稜郭公園.JPG
(写真は現在の五稜郭公園)

そのころ、ダーウィンは考えました。
「海洋でへだたった別々の場所に、同じ祖先をもつ動物がいるのはなぜだ?」

当時の(西洋の)常識では、こうなります。
「神が別々の場所で、同じような動物を創造したからだよ。決まってるだろ。」

ダーウィンは、そういう考え方を打ち崩して、
「何らかの方法で、いろいろな生物は、海洋を渡ったのにちがいない」
そう考えて、さまざまな仮説を立て、実験した結果を公表しています。

150年後の現在からみれば、ダーウィンはするどく正解をついていたのです。

ただ、ダーウィンの時代には、
「長い時間をかけて大陸が移動した。今も少しずつ移動している。」
なんて、ほとんど誰も(もちろん科学者も)信じていなかった。
だから、
「神が創造したのでなかったら、自分で移動した(海を渡った)と考えるしかない」
という結論になるのも当然なのです。

「長い時間をかけて、大陸が移動したのではないか?」
という学説は、先見の明がある一部の科学者が提唱してきたのですが、
ゴンドワナ大陸の分裂.jpg
「大陸が移動するなんて、とんでもない非科学的な考えだ。」
と、長年、否定されてきたのです。

思えば、ほんの何十年か前の昔だったら、
「障害者が一人で出歩くなんて、危ないよ」
「障害者が外に出て働くなんて、無理に決まってる」
というのが、けっこう常識のようになっていました。
私が子供のころは、街中で障害がある人を見かけることも、今よりずっと少なかった。

「常識」は、私たちが社会で生きていくためには大切な知恵の集まりです。
常識がなかったら、スムーズに人間関係も社会関係も築くことはできません。

でも、場合によっては、「常識だ」と思っていたことが、じつは根拠のない、
強固な「思い込み」だった、ということもよくあるんですね。
また社会環境が変わっていくことで、常識だったことが常識でなくなっていく、
ということも、あるわけです。
(長くなったので、次回に続きます)

リスザル 伊豆シャボテン動物公園.jpg
この写真は伊豆シャボテン公園で撮ったリスザル。
たしか、園内で放し飼いにされていました。
このリスザルも、大西洋を渡ったサルの子孫たちですね。

by MI

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赤白色ライトアップ [つぶやき]

平成30年5月8日(火)に、五稜郭タワーは赤色にライトアップされました。
五稜郭タワー赤白.JPG
いつもと違う角度の写真は少し遠いので分かりにくいでしょうか。
これは昨年の写真。
2018-05-11T10:47:08.JPG
「下は赤・上は白」です。

何の日か分かりますか?

そう赤と白のマークといえば、「赤十字」です。
5月8日(火)は赤十字の運動で
『レッドライトアッププロジェクト2018』で
赤色ライトアップをする運動を行ったようです。

東京では、表参道ヒルズ、虎ノ門ヒルズなど、
本年度より初めての実施となるところでは、富岡製糸場(群馬県)、
津軽ダム(青森県)、広島城など、
全国44か所の施設が赤くライトアップされました。

この日、5月8日は
世界初のノーベル平和賞受賞者であり、国際赤十字の創設者でもある
アンリー・デュナンの生誕日。

5赤十字ライトアップ.JPG
ちなみに、この写真は、
五稜郭タワーとご当地バーガーのラッキーピエロのコラボ。
左側に写っている建物は、函館塩ラーメン「あじさい」です。

何だか幸せな気分になります。


by ナミナミ
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石川啄木と大森浜(ゴールデンウイーク特別編その4) [つぶやき]

さて、また石川啄木の「一握の砂」です。
前回の記事はこちら
一握の砂 表紙.jpg
(これは復刻版全集の一冊。就職したばかりの頃に給料2ヶ月分をはたいて買ったまま、30年近く埋もれてました。このブログのおかげで、ようやく日の目を見ました(笑))

この歌集、心にしみすぎる歌がずらずら並んでいるので、
特に、悲しいことがあったりしたときに読むのは、要注意かも。


いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ


また「かなしさよ」が、ひらがなですね。
哀愁、哀切の哀と書く「哀しさ」の意味と、
愛情、愛着の愛と書く「愛しさ」(いとおしい)の意味と、
両方が混じりあったような気持ちかもしれません。
(シロウト解釈なので、全然間違ってるかも。)

この歌集の「砂」は、当時の大森浜にあった砂山の砂とも言われています。
すくなくとも歌の着想は、大森浜で得たものが多いみたいです。

これは、啄木小公園にある歌碑です。
歌碑.jpg
眠れる君に捧ぐべき
矢車草の花もなく
ひとり佇む五月寒
立待岬の波静か
おもひでの砂ただひかる
  捧啄木  西條八十

※ 西条八十(さいじょう やそ)も日本屈指の詩人で、童謡や歌謡曲でも有名。

先日、この海岸を歩き続けて青柳町まで行きましたが、砂嵐がとにかくひどかった。
目はあけていられないほど痛いし、髪の毛はバリバリになりましたが、
「これが、一握の砂で歌われている、あの砂だよな」
と思うと、そんなに苦にならない気がしました。

最後に「一握の砂」から、またひとつ

死にし児の
胸に注射の針を刺す
医者の手もとにあつまる心

感情をあらわす言葉をいっさい使っていないのに、
悲しみがこんなに伝わってくる歌も滅多にありませんが、
その数年後には啄木夫妻も相次いでこの世を去ります。

いろいろと経緯があって、啄木の一族の墓も函館にあります。

函館の親友、宮崎郁雨(みやざき いくう)にあてた手紙に
「おれは死ぬときは函館に行って死ぬ」
と書いた啄木です。
だから函館に墓があっても、おかしくないのですね。

啄木亡き後、函館に戻った節子夫人が帰らぬ人になったのも、
偶然にも5月5日でした。
そんな意味でも5月5日は、忘れがたい日なのです。

by MI

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石川啄木の日記(ゴールデンウイーク特別編その3) [つぶやき]

啄木が函館に来た5月5日を記念して、
ひきつづき啄木の日記について書いてみます。
前回の記事はこちら

明治文学で一番好きな作品は何かと聞かれたら、
私なら樋口一葉の「たけくらべ」と答えます。

何年か前、ドナルド・キーンさんが函館に来た時、講演を聞きに行きました。
(例によって、内容をほとんど覚えていないですが、、、)
たしか
「石川啄木の日記こそは、日本近代文学の最高傑作」
みたいなことを力説されていたように思います。

一葉は24歳で亡くなりますが、26歳でこの世を去った啄木。
この夭折した二人の天才に、また興味をそそられました。

それで、すこし啄木の日記を読んでみました。
啄木の日記.jpg
たしかに、これはすごい。
日記なんて気楽なものかと思っちゃいますが、
とてもとてもそんな軽いものではありません。

文語文ですが、ちょっとがんばって読んでみましょう。
(函館出立直前の、明治40年9月12日)

恋ひする者をして恋せしめよ。怒る者をして怒らしめよ、笑ふ者をして笑はしめよ、悲しくして泣き、楽しくして笑ふ、これ至理なり、止まるべくして止り、去るべくして去る。この身この心唯自然の力の動くに委して又何の私心なし。
この函館に来て百二十有余日、知る人一人もなかりし我は、新らしき友を多く得ぬ。我友は予と殆ど骨肉の如く、又或友は予を恋ひせんとす。而して今余はこの紀念多き函館の地を去らむとするなり。

すみませんが、文語文が苦手な方は何となく想像で読んでください。(笑)
(音声使用者の方も、毎度すみません。)

ちなみに、この「何となく」も啄木の文学では大事なキーワードなんですよ。
(明日の記事に続きます)

by MI

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石川啄木と一握の砂(ゴールデンウイーク特別編その2) [つぶやき]

石川啄木は、明治40年の5月5日から、
9月13日まで函館に暮らしました。
わずか132日でした。
前回の記事はこちら
しかし、ばらばらになった家族も呼び寄せて、
一緒に暮らすことができ、たくさんの友人も得て、
この132日は必ずしも短くはなかったようです。

函館の青年詩人・歌人たちとの交流も、とても濃密だったようです。
函館に来るまでの2年間、短歌から遠ざかっていた啄木ですが、
函館で彼らに出会うことで刺激を受けて、また短歌をつくりはじめます。

それが、のちに東京に移り住んだあと、数々の傑作を生みだす背景となりました。
一握の砂 表紙カバー.jpg
「一握の砂」から、ひとつ私の好きな歌

ことさらに燈火を消して
まぢまぢと思ひてゐしは
わけもなきこと

(ついでに、現代仮名遣い&ふりがなで表記)
ことさらに ともしびを消して
まじまじと 思いていしは
わけもなきこと

啄木が好んで散歩した大森浜には、
現在、「啄木小公園」があります。
啄木小公園.jpg
センターがある湯の川からも近いところです。

いつ通りかかっても、同じポーズで考え込む啄木に出会えます。
石川啄木像.jpg
また今日も「わけもなきこと」を考えているのかな?
なんて思ったりします。

(明日の記事に続きます)

by MI

※さういへば、音声(PCトーカー)で顔文字を読ませると、
思ひのほか上手く読めてゐた様子にびつくりしました。!(^^)!
「顔文字を読ませてみました」の記事はこちら
ぢやあ、歴史的仮名づかひ(たとへば啄木の歌)を、
PCトーカーで読ませたら、どうなるんでせうか?

みさきちゃん、この文章、読めたかなー?
音声使用者の方、もし読みにくかったら、ごめんなさい。

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石川啄木と函館(ゴールデンウイーク特別編その1) [つぶやき]

いよいよゴールデンウイークがやってきて、
ここ函館は、ちょうど桜が満開となりました。
函館公園 ソメイヨシノ.jpg
せっかくの長いお休みなので、今日から4日間、
特別編をお届けしたいと思います。

それでは、函館にゆかりの深い人物、それも、
どうしても忘れるわけにはいかない人物について、
(にわか勉強して知ったかぶりして)ご紹介していきましょう。

ゴールデンウイーク後半の5月5日といえば、子供の日。

でも、明治40年の5月5日は、ちょっとまた特別です。
函館の歴史にとって、忘れがたい日なのです。

その日、一人の青年詩人が、現在の函館駅近く、
鉄道桟橋に降り立ちました。

石川啄木です。このとき満年齢で21歳。

函館公園の歌碑には有名な歌が刻まれています。
函館公園 歌碑.jpg
函館の青柳町こそかなしけれ
友の恋歌
矢ぐるまの花

「かなしけれ」は、悲劇の悲と書く「悲しけれ」ではなく、
むしろ愛情の愛という字で書く「愛しけれ」に近い、
「いとおしい、心をひかれる」という意味のようです。

でも、哀愁の哀と書く「哀しい」という気持ちも、
ちょっとだけ混じっているような気もします。
だからこそ、ひらがなで「かなしけれ」と書いたのかなと思います。

これを撮影に行った4月28日の函館公園は、ちょうど春爛漫(らんまん)。
函館公園の桜.jpg
まるで啄木の来函記念日を祝うかのようです。

啄木は家族を呼びよせて、函館の青柳町に暮らしはじめます。
その年の7月7日のことでした。
青柳町の居住地跡.jpg
青柳町の居住地跡の看板.jpg
ところが、それから2か月も経たない8月25日に、
函館の歴史上でも2番目の規模といわれる大火が発生します。
焼失戸数はなんと12,390戸に及び、
函館の中心市街地は壊滅的な被害を受けてしまいました。

この大火で函館での生活に見切りをつけた啄木は、
9月13日には札幌へ旅立っていきます。
それまで、函館での生活は、わずか132日でした。

しかし26年で生涯を閉じることになる啄木にとって、
この132日は必ずしも短くはなかったようです。

函館のかの焼け跡を去りし夜の
こころ残りを
今も残しつ

「一握の砂」より

(明日の記事に続きます)

by MI

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ブルーの五稜郭タワー [つぶやき]

センターで新入所を迎えた4月2日は、
同時に世界自閉症啓発デーでありました。
(自閉症啓発デーの記事はこちら)

五稜郭タワーは青く染まりました。
今年のタワーもキレイですね。
ブルーの五稜郭タワー
色の変化したライトアップを見るたび、
「今日は何の日」を
思い出したり、考えたりするので、いい取り組みですね。

ちなみに、今日4月10日は
「女性の日」
だそうです。

労働省(現在の厚生労働省)が1949年に「婦人の日」として制定し、
1998年に「女性の日」に改称されたとのこと。

なるほど、いわゆるレディースデー。
なんかいいことありそう♪


by ナミナミ


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新年度の始まり [つぶやき]

函館は、春の息吹を感じるようになってきました。
今日から、新年度の始まりです。

当センターも、新入生を迎えました。
…といっても、入所式(始業式)は来週です。
1年生の場合、本格的に勉強が始まるのは、さらにその後からです。

その前に、1年生のための、
「オリエンテーション」という期間があります。

当センターの各室の配置、
勉強したり暮らしたりする上でのルール、
あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう師についての知識…などなど、
知っておかなければならないことがたくさんあります。

これまで函館に住んだことがない方も多いので、
センターの周辺や、函館についての知識も、必要でしょう。

体調に気をつけて、しっかり頑張ってくださいね。

私たち職員も、全力で新学期の準備をしています。
さあ、新年度。
気持ちを引き締めていきましょう!

by くろうーろん

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いづれ春永に [つぶやき]

私が学生だった30数年前は、まだEメールなんてものは影も形もなく、
(当然、スマホとかLINEなんて想像もできません)
遠くに住む友人とはいつも手紙でやりとりしていたものです。
末尾にはお互い必ず
「いづれ春永に」
と書いていました。
夏だろうが秋だろうが、一年中そう書いていました。
(もちろん、ホントは冬の挨拶ですよ。)
桜.JPG
作家の三島由紀夫がどこかの文章に
「いづれ春永に」
という挨拶が好きだ、と書いていたのを読んで、
「なるほど、これは良い挨拶だねー」
と意気投合して、二人の間でしばらくブームになっていたのです。

そろそろ春だなーと感じるたびに、そんなことを思い出します。
これは北海道を代表する春の花、ライラック。
うちのライラック.jpg
ライラックは札幌市の花でもあります。

家ごとに
リラの花咲き札幌の
人は楽しく生きてあるらし
(吉井勇)

ライラックをフランス語で言うとリラです。
関連の記事はこちら
長い冬のあとに迎えた春だからこそ感じられる、
独特の浮きたつような喜びと人々の活気。
そしていっせいに咲きみだれる春の花々や新緑のにおい。
札幌で生まれ育った私には、その風景や雰囲気が、
目に浮かんでくるような気がする歌です。

ちなみに函館市の花はつつじですね。
恵山のエゾヤマツツジ.JPG
60万本のエゾヤマツツジやサラサドウダンの花が咲きほこる、
恵山つつじまつりは一見の価値ありですよ。

春と言えば、おだまきの花もかわいいです。
をだまき.jpg
萩原朔太郎「夜汽車」の最終節
「さも白く咲きてゐたるをだまきの花」
これも春になると毎年思い出すフレーズです。

春は、わがセンターでも卒業した皆さんを送り出し、
また新しい仲間たちを迎える季節です。
この春は、どんな人たちが来てくれるのでしょうか。
ちなみに職員も4月は異動の季節なので、別れと出会いが待っています。

ではまた、いづれ春永にお会いしましょう。

by MI

※新仮名遣いでは「いづれ」は「いずれ」となりますが、
ここでは三島由紀夫の表記を尊重しました。

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タグ:挨拶 手紙 文通

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ロマンとリアル [つぶやき]

私も、他の方も、既に何度も書いていますが、
今季の函館は、本当に雪が多かった!!

これは2月下旬に撮影したものです。
20180222roman.jpg
「うわー北海道らしい雰囲気ー、
 何かのフェスティバルでしょうかー?
 雪の中のともしびが、とってもロマンチックー…」

…と言いたいところですが、
リアルには、雪に埋もれた常夜灯です。

除雪作業は、まず、通り道を優先しなければなりませんし、
常夜灯はセンターの敷地内の各所にたくさんあるので、
数日、こんな感じでした。(もちろん、やむを得ずの状況です。)

真っ白な雪の中の、ホンワカした灯り。
見た目はとてもロマンチックだと思います。
観光地のど真ん中だったら、「あえての除雪残し」もアリかもしれません。
が、センターでは、リアルにため息が出るばかりです。

この記事が公開される頃には、もう雪は無いでしょう。
今度は、春風に吹かれてホコリが舞っているかも?
春先の風のことを、函館では……っと、これはまた別の機会にご紹介します。

by くろうーろん

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