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4月11日(木)の朝食 [メニュー紹介]

4月11日(木)の朝食を検食しました。

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 ごはん
 みそ汁
 納豆
 野菜炒め
 天カマ焼き

納豆と、天カマ焼きです。
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一番上の写真の、納豆の右下にあるのは、きざみネギです。
納豆に入れたくない人は、おみそ汁に放り込むのも良いかも。

野菜炒めです。
20190411_asa4.jpg
これが、とってもおいしかった!
写真ではよく見えませんが、少しひき肉が入っていて、
食べ応えもあるし、うまみも増しているように感じました。
写真が下手なので、おいしくなさそうに見えたらごめんなさい。

by くろうーろん

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春の芽吹き [環境、設備]

春ですね。
ここ函館も、いつの間にか、すっかり春の雰囲気。

でも、センターの中庭の木々は、いまようやく芽吹いたばかり。
ハウチワカエデの芽.jpg

これは、ハウチワカエデです。
中庭のハウチ
ワカエデ.jpg

その名のとおり、うちわみたいな葉がたくさんつくカエデの木です。
関連記事はこちら

去年の秋の台風で、津軽海峡から運ばれてくる潮風の暴風を受けてしまい、葉がみんな枯れ落ちてしまいました。

でも、今年の春が来たら、またちゃんとたくさんの芽を出してくれました。

とても元気そうなので、よかったです。

by MI

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4月10日(水)の夕食 [メニュー紹介]

4月10日(水)の夕食を検食しました。

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 ごはん
 みそ汁
 豚モモ肉の生姜焼き、付合せ(リーフレタス、トマト)
 ツナと大豆のポテトサラダ
 フルーツ(リンゴ)

白いご飯と豚肉生姜焼きって、合いますよねー。
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生姜焼きにはいろいろとバリエーションがありますが、
今回はモモ肉の薄切りで、食べやすいように小さく切ったもの。

アップ写真はありませんが、大豆入りのポテトサラダは、
初めていただきました。
ヘルシーだし、食感がアクセントにもなって、良かったです。

デザートのリンゴ。
20190410_yuu3.jpg
「肉だぜ!」という感じだった気分を、
爽やかーにリセットしてくれます。

リンゴといえば、先日コンビニエンスストアで、
「カットりんご」なる商品を見かけました。
切って、きれいに皮をむかれたリンゴが、
紙コップのような透明容器に密封されて売られていたのです。

一瞬、驚きましたが、よく考えてみれば、
今は当たり前になっている「水」や「お茶」のボトルも、
当初は「わざわざお店で売るなんて、あり得ない!」などと
思っていたのではなかったでしょうか。

もう、コンビニで何が売られていても、不思議はない時代なのかもしれません。

by くろうーろん

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脳はいかに治癒をもたらすか(その11 意識的な視覚経験 ) [つぶやき]

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

フェルデンクライスは、ノラにストローをくわえさせて、その先端をつまんだ指先を、本の単語の上に置かせました。
そして自分は彼女のすぐ横に座ってストローを支えつつ、彼女のほんのわずかな変化も見逃さないように寄り添いながら、彼女の神経回路の再生を導いていきます。

「それによって彼がしたかったのは、言葉を発する口と、ものを見る目とのあいだに直接的な結びつきを形成することであった。彼女はストローの先の単語を見ることはできたが、読むことはできなかった。しかし20回ほど試したあと、子どもがおのおのの単語を指で指しながら読み方を習得するときのように、ストローの先の単語を自然に声に出して言うようになった。ノラは読んでいた。」

「三か月後、彼はノラにペンを持たせて、巧妙なテクニックを用いて文字を書く方法を教えた。彼女の書く能力は向上し続けた。やがてレッスンは終了し、彼女はスイスに戻った。」

※「脳はいかに治癒をもたらすか」(ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊国屋書店)より。

何ということでしょう。
(某リフォーム番組ではありません)
高価な医療機器とか訓練用具などは何もなく、使ったのは本を1冊とストロー1本。
それで、文字を読む機能を再生させてしまったのです。
(もちろん、粘り強く3か月の時間をかけ、患者に寄り添って試行錯誤しながら、神経回路の再生を促していったからこそ可能な技です。)

体の動きのなかから多くの「気づき」を得ることで、新しい脳の神経回路が形成されること(つまり「脳の可塑性」)を理解していた、フェルデンクライスならではの着想と実践でした。

しかし逆に言えば、単に「ものを見る」だけのことのように思えても、そのための脳の機能が失われると、回復はとても難しいということでもあります。
「ものを見る」ためには、じつは非常に高度で複雑な、脳のはたらきが必要とされるようなのです。

「意識的な視覚経験は、目から受け取った生の入力情報とはかけはなれた、高度な処理を経たイメージだという結論が得られている。」

「私たちは、網膜に映るとおりに外界を見ているのではない。もし網膜に映るとおりに見ているのなら、その光景は、一連の明るいピクセルと暗いピクセルから成る歪んだ集積が網膜の中心に向けて生じ、血管に覆われ、視神経が脳へと伸びる「盲点」の位置には大きな穴があき、などといったように、恐ろしく不快なものに見えるだろう。そしてイメージは、目の焦点が移動するにつれ、つねにぼやけたり変化したりするはずだ。」

「意識と脳 思考はいかにコード化されるか」(スタニスラス・ドゥアンヌ著、高橋洋訳、紀伊国屋書店)より。
意識と脳(紀伊国屋書店).jpg

この記事は次回に続きます。

by MI

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入所式 [イベント、行事]

函館もやっと春らしくなってきた、今日この頃です。

先日、センターでは入所式が行われました。
…と同時に、授業が始まり、いつもの日常が戻ってきます。

この時期が来ると、
新しく始まる感じがして、身が引き締まります。


さてここで、お聞きします。

皆さんにとって授業は「学習」でしょうか?

「勉強」でしょうか?

「学習」は、学び・習う。自主的なものです。
一方、「勉強」は勉学を強いられる。受動的なものとされています。

そのため、センターでは学習を使います。

自ら、学び習う。

でも、私は「勉強」という言葉も嫌いではありません。


勉強の「勉」という字の左側(免)は、
お母さんが赤ちゃんを産む様子の象形文字です。

それに力強い腕の象徴である、力が付いています。

しかも、それがさらに「強い」と書きますから、
どんだけ痛くて、強いのか…。

それが、勉強という言葉があまり好まれない理由なのでしょうか。

でも、この言葉には「母親の力強さ」を感じますし、
何より「苦しくてもその後には、産みの喜び」があります。

うーん、何事も勉強ですね。

これから改めてスタートです。
頑張りましょう。

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(イメージ画像)

※まだ、函館の桜は咲いてません。開花予想は、4月下旬です。


by ナミナミ

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タグ:入学

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3月31日(日)の朝食 [メニュー紹介]

3月31日(日)の朝食を検食しました。

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 ごはん
 みそ汁(ネギ、ワカメ)
 焼き魚(サバ)
 厚揚げとレンコンの南蛮炒め
 味付のり

サバ焼きです。
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朝食なので、ちょっと小さめ。
これが夕飯用なら、もっと大きい筈です。

厚揚げ炒め、おいしかったです!
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トウモロコシのおかげで、ほんのり甘い。

この日は、何と、また雪が降りました。
朝起きてビックリ!!
積もってるよ!!!と。
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だから、温かいみそ汁が、ことさらおいしい!

by くろうーろん

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脳はいかに治癒をもたらすか(その10 文字が見えない ) [つぶやき]

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

フェルデンクライスは、左右の区別ができなくなったノラの治療をはじめました。

「仰向けになっているあいだ、彼女には、自分が横たわっている施術台の右側に置かれたソファが見えていた。フェルデンクライスは彼女の右肩に触り、『これは右肩です』と言う。それから彼女の右側にしゃがんで同じ側の体に触る。この動作を数日間かけて行った。(中略)続くセッションでは彼女をうつ伏せに寝かせて、再び右側に触った。すると彼女は混乱した。というのも、仰向けになって見たときの部屋の眺めに基づいて、ソファが彼女の『右側』にあるとこれまでは考えてきたのに、うつ伏せになった今では『右側』がソファのない方向を指すようになったからだ。(子どもの頃にこの識別を学習しなければならなかったことを私たちはすでに忘れている。)彼は何回かのセッションを通じて、さまざまな姿勢をとったときに、その都度右側がどちらになるかを理解できるよう彼女を導いていった。」

※「脳はいかに治癒をもたらすか」(ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊国屋書店)より。以下(前掲書)と表記します。

このような治療を通じて、右と左を区別できる身体感覚の「再生」に成功したフェルデンクライスは、次の段階にすすみます。

はじめてのフェルデンクライス(地球丸からだブックス).jpg
※写真は「はじめてのフェルデンクライス」(かさみ康子著、地球丸からだブックス)。フェルデンクライス・メソッドについての、とてもわかりやすい入門書です。

まず「文字が見えない」と言う彼女を検眼医のもとに送りますが、目に異常はありませんでした。

(欧米諸国では、目の治療に携わる医師は「眼科医」と「検眼医」という、ふたつの職種に分かれています。検眼医は日本でいうと視能訓練士に近いようです。眼鏡などの処方は検眼医が専門に行うことになっていて、日本のようにメガネ店の人が眼鏡の処方することはできないそうです。)

目に異常がないということは、文字を読むことはできているはずです。
それがなぜ、「見えない」ということになるのでしょうか?

つぎにフェルデンクライスは、彼女にメガネをかけてもらいます。

「メガネを渡すと、うまくかけられず、やみくもに手探りしていた。(中略)メガネをつかみ、かけようとする乳児も同じ困難に遭遇するはずだ。そのことを悟った彼は、左のレンズが左目に、右のレンズが右目にくるよう、自分の顔に対して適切にメガネを向ける訓練を施した。」
(前掲書)

それから、大きな活字の本をノラに与えて、つぎのセッションに移ります。

「文字が見えないと訴える彼女に対し、フェルデンクライスはあえて読むようには言わず(無理強いすればストレスを与える可能性がある)、フロイトの自由連想法のように、ページを見て目を閉じ、心に浮かんでくる言葉を口に出すように促した。彼女が言われたとおりにすると、彼は見せたページを精査し、それによって彼女の言った言葉のすべてが、左側のページの下のほうにあり、しかもたいてい行末の三つの単語であることを発見した。『私は興奮した。彼女は言葉を読んではいたが、読んだ箇所がわからなかったのだ』と彼は述べる。」
(前掲書)

どうやら、ノラは視機能を使って、文字を読み取ることはできていたようです。
でも、読むことはできるのに見えないとは、どういうことなのでしょう?

私もシロウトなのでよくわかりませんが、たとえば「盲視」という現象があるそうです。
「盲視」の人は、目で感知した光の情報が、脳の視覚情報を処理するところ(あたり)までは届く。
でも、何らかの問題があって、その視覚情報が「意識」の領域には届かず、「見えた」と認識できるような状態にはならない。
「視覚機能的には見えているはずなのに、意識としては見えていない」
という状態です。
このため、本人は見えないと認識しているのに、実際に道を歩いてみると、向かってくる人をちゃんとよけることができたりする。
ノラの症例も、その「盲視」に近いような気がします。

私のつたない理解にもとづく推測なので、間違ってるかもしれませんが、ノラの場合は、
1 読んだ文字の位置を空間的に把握する機能が損なわれている
2 見たものの位置関係が把握できないため、視覚情報としての整合性が得られない
3 整合性がないため「意味」のある情報として脳が認識できない
  (「これは意味がない情報だ」と脳が判断すると、せっかく感知した視覚情報も意識にのぼる前に排除されてしまいます。実はそういうことは、我々の視覚や聴覚体験でもしばしば起こっているそうです。気が付かないだけで。)
4 そのために「文字を見た」という感覚が得られない

たぶん、そういった感じの状況なのでしょうか?
ちょっと、このへんは何度読んでもうまく理解できませんでした。
違っていたらごめんなさい。

では、フェルデンクライスはそんな状態のノラを、どのように治療していったのでしょうか。

この記事は次回に続きます。
次回の記事はこちら

by MI

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3月30日(土)の夕食 [メニュー紹介]

3月30日(土)の夕食を検食しました。

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 ごはん
 みそ汁(大根、インゲン)
 魚(タラ)の華風辛み焼き、付け合わせ(ネギ)
 五目野菜炒め
 フルーツ(グレープフルーツ)

タラの辛み焼きです。
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私は辛い物が苦手なのですが、そんなに辛くなかったです!
ほろっとした食感でした。

野菜炒めには、旬のタケノコが。
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あっさりさっぱりと、おいしかったです。

グレープフルーツです。
20190330_yuu4.jpg
皮と身の間に切込みが入れてあって、
とても食べやすかったです!

by くろうーろん

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何月ですか? [つぶやき]

こちら、4月初旬の中庭の写真です。
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なんじゃこりゃー!

ニュースなどでご存じの方もいると思いますが、
北海道各地で、このような「季節外れの雪」現象が起こりました。
体感的には、1月か2月頃の感じでしょうか。

ストーブも、冬靴も、厚手のコートも、いったいいつまで必要なのでしょう。
自家用車を持っている人は、タイヤの交換時期にも悩むことになると思います。

3月中旬にも、「なんと!」と書いたのに。
記事はこちら
まさか4月まで雪の記事を書くことになるなんて。

4月の雪。
何かのタイトルみたいですが、全然ロマンチックではないです。
もういいですーと言いたい。

by くろうーろん

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脳はいかに治癒をもたらすか(その9 脳の探偵 ) [つぶやき]

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

フェルデンクライスは、物理学者としての将来を嘱望される優秀な科学者でした。
しかし、ヨーロッパではじめて黒帯柔道家になって「柔(やわら)の道」をきわめたほどですから、もともと心身のホリスティックなつながり(全体性)をよくわかっていた人でもあります。

あるとき、怪我がもとで歩くのも困難なほど膝を悪くしてしまい、医者からは
「手術しないといけないが、成功の確率は50%。成功してももとのようには動かない。」
と言われます。
そこで彼は手術を断って、
「神経学や解剖学、生物力学、さらに人間の運動機能の発達にかかわる研究を始めました。(中略)昼夜をわかたずくり返された研究と実験に、フェルデンクライスは2年の月日を要しました。その結果、脳と神経組織が本来もっている能力を活性化させることによって、自分の身体の筋肉を自在に動かす方法を開発しました。こうして、彼はもとの健康な脚を完全に取りもどすことができたのです。」

※「さわやか<自分革命>」(高戸ベラ著、日本教文社)より。
フェルデンクライス・メソッドをベースとするリラクササイズについての本です。

さわやか<自分革命>(日本教文社).jpg
さわやか<自分革命>情報のフィードバック.jpg

これをきっかけに、身体と脳のつながりに着目した治療法を編み出していった彼は、治療師としての道を歩みます。

「フェルデンクライスは、核物理学の研究を続けるか、それともすばらしい結果が得られつつある療法家の道を進むかを真剣に悩んだ末、後者を選んだ。彼の母親は『息子はノーベル物理学賞をとれたはずなのに、マッサージ師になってしまった』と冗談めかして言ったらしい。」

※「脳はいかに治癒をもたらすか」(ノーマン・ドイジ著、高橋洋訳、紀伊国屋書店)より。以下(前掲書)と表記します。

「マッサージ師」(と言えるかどうか微妙ですが、広く言えば「治療師」ですかね。)になることは、ノーベル物理学賞を受ける以上に価値があると考えた人がいたと思うと、楽しくなりますね。

フェルデンクライスが行った治療法のなかでも、次にご紹介する脳卒中患者の治療はまさに「脳の探偵」ともいうべき内容です。

脳卒中のために文字が読めなくなるなどの認知障害を負った60歳の女性、ノラは、3年間の治療やリハビリを経ても回復ははかばかしくなく、重度の抑うつにおちいっていたころ、フェルデンクライスに出会います。

フェルデンクライスは、まず、ノラが文字を読めなくなってしまった原因を慎重にさぐります。

そして彼は、
「脳損傷によって左右の区別ができなくなり、そのために彼女の読む能力が損なわれたのだろうと判断した。したがって、まずは左右の識別の問題に対処する必要があった。」
(前掲書)

右と左を区別できないなんて、ちょっと、どういう状態なのか想像がつきにくいですね。

じつは、私たちの脳活動の大半は、私たちが意識していないうちに行われています。
人間の脳細胞は、なんと1千数百億個もあるそうです。
銀河系にある恒星と同じくらいの、とんでもない数。
そんな小さな宇宙のような、膨大な数の細胞が常に信号をやりとりしながら、私たちの意識や活動を縁の下で支えています。

人間は、生まれたばかりの頃は、この膨大な神経ネットワークの多くが未完成です。
赤ちゃんを見ればわかるように、寝返りをうつとか、物をつかんだり、指を一本づつ別に動かすといった、私たちが当たり前にできていることも、簡単ではありません。

人間は、成長とともに脳の神経ネットワークを構築したり、身体部位別の脳内マップを作りあげていきます。
それによって、さまざまな感覚、身体などの個別の機能が構築されるとともに、たとえば知覚機能と運動機能の連動を図るといった、統合化、組織化も行われていきます。
それで、見たものをパッと掴む、音が聞こえた方向に振り向く、といった、よく考えてみればかなり難しい動作も、ほとんど無意識にできるようになる。

そのように高度に発達した脳内神経ネットワークによって、私たちはほとんど何も苦労することなく、たとえば右と左の空間を区別して認識することができている、ということのようです。

その縁の下の神経ネットワーク機能がある日、怪我や病気で損なわれたらどうなってしまうのでしょうか?

そう、たとえばノラのように、文字どおり「右も左もわからない」という深刻な認知障害におちいってしまうことがあるのです。

さて、こんなきびしい状況の患者に、脳神経外科の医師でもないフェルデンクライスが、どのように対処したのでしょう?

この記事は次回に続きます。
次回の記事はこちら

by MI

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