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塙保己一(その11)音読と訓読 [つぶやき]

塙保己一(はなわ ほきいち)は、なみはずれた記憶力や、刻苦勉励の人として有名です。

それにしても、盲人である保己一が、この日本の文献に関する学問分野で大成したことは、とても驚くべきことだと思います。

日本語は漢字の豊かな語彙(ごい)を取り入れることで発達してきました。
特に、江戸時代までの日本の文献といえば、もちろん漢字仮名まじり文も沢山ありましたが、それよりも漢文がもっとも重んじられ、格式が高いものと考えられていました。
ですから文献の学問にたずさわるためには、かなり深くて広い漢字・漢文の知識が必要だったはずです。

日本語に取り入れられた漢字(音読み)は、こまかい発音の区別ができていません。
だから、漢字(音読み)を日本人が発音すると、同音異義語だらけになってしまっています。

でも文章を読むときに、漢字を見ることができれば、同音異義語であっても違いはすぐわかります。
また、知らない熟語が出てきたり、読み方がわからない漢字が出てきても、見るだけで意味がある程度わかることも多いですね。
この「見るだけである程度区別できる」という漢字の特性が、日本語にどんどん漢字をとりいれることができたひとつの要因だったようです。

しかも、日本人は「訓読み」というすごい発明をしました。
そのおかげで、日本古来の「やまと言葉」の体系で漢字の意味を理解することができるようになりました。
「登山」と音読みで書いてあっても、「ヤマにノボる」ことだとわかるのは訓読みがあるからです。
「訓読み」に慣れているおかげで、日本人は音読みの漢字であっても、頭の中で訓読みの意味に変換することができるようになっています。
「訓読み」というすごいツールが発明されたおかげで、本来は外国語である漢字を、ほぼ母国語(やまとことば)の体系にとりこんでしまうことができたのですね。

このように、漢字が入ってきて以来、日本人は、字を見るだけで意味を区別することができるという、漢字の特性を最大限に活用する方向で、日本語を発達させてきました。
しかし、これはみんな、あくまで字の形を見ることができる人にとって便利だという話です。

日本語が漢字の視覚情報を活用する方向に発展してしまったために、視覚障害のある人にとっては、日本語はかえってより難しい言葉になってしまった、という面があるのではないでしょうか。

耳から聞いたり、点字で読むだけでは、たくさん出てくる漢字の同音異義語を区別することができません。
もちろん、文脈からある程度は推測することはできますが、漢字を見ないとどうしてもわからない部分があるはずです。

いったい、保己一はどうやって漢文や漢字まじりの文章を、聞くだけで理解することができたのでしょうか?

By MI

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