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サルは大西洋を渡った(その4) [つぶやき]

すっかり長々と書いてしまった「サルは大西洋を渡った」シリーズ。
これまで読んでくださったみなさま、ありがとうございました。
これが最終回ですので、もう一回だけ、おつきあいください。
前回の記事はこちら

でも、この本で一番面白いのは、サルの具体的な漂流の話よりも、
ちょっとした偶然の連続が積み重なって、現在の生物体系がある、
という著者の主張です。

「地球上の生命がたどった道は、ランダムで、ありそうもない出来事にたびたび翻弄され、新たな道へと向きを逸らされてきた」
「その歴史における重大な出来事の多くはどのような自然の法則からも導けないという意味で、本質的に説明がつかない」
ということがわかってきたのです。
(ちなみに人類の誕生も、かなりそんな偶然の産物という感じらしい)
サルは大西洋を渡った 奥付.jpg

私たちが住むこの世界は、ちょっとした偶然の出来事では変わらない。
どんな現象にも、ちゃんと秩序だった理由や意味がある。
宇宙も地球も、法則が示すストーリーどおりに、筋書どおりにつくられてきた。。。。

そんなふうに、私たちは、何となく思っていなかったでしょうか?

でも、物理学的にみても、素粒子だか光子だか何だか忘れたけど、物質の根本にはランダムな動作があるらしいとか書いてありました。
(宇宙物理学=正確に言うと宇宙論と理論物理学=の本はどれもあまりにも難しすぎて、本当に途中で投げ出してしまったので、残念ながらここでは説明できません(笑))

何ごとにも法則とか意味を見つけ出すのは、人間の脳の性質でもあるようです。
ざんねんな脳 表紙上から.jpg
ざんねんな脳 表紙下から.jpg
「脳は常に多種多様な情報を受け取っており、その中から何かの意味を把握しなければならない。」
「パターンを見つけ出すという私たちの傾向から浮かび上がるのは、脳が無秩序なものごとをうまく処理できないということである。偶然以外は認められるような理由もなく何かが起こるという考えを受け入れきれない」
「もし出来事に本当の原因がなければ、危険な状態になったらそれに対処する手立がなくなってしまい、それは耐えられないというわけである。」
(「ざんねんな脳 神経科学者が語る脳の仕組み」ディーン・バーネット著 増子久美訳)

ところが、よくかんがえてみたら、私たちが暮らす世の中は、
じつは偶然につぐ偶然だらけ。
偶然の積みかさねで、たまたま、いまの状態が生まれただけなのかもしれません。

モーツァルトが子供のときに、病気にかかったり、馬車にひかれて死んだりしていたら、モーツァルトの音楽は世界に残されることがなく、現在の音楽の風景はまったく違ったものになっていたでしょう。
ベートーヴェンの耳の病気が、もっと早く始まっていたら、たぶん、あれだけの音楽家として大成することはできず、日本人の私たちが毎年大晦日に第9交響曲を聴くこともできなかったかもしれない。

もし杉山検校と将軍綱吉がいなかったら、当センターもなかったかもしれません。
杉山検校の記事へ

でも、モーツァルトや杉山検校のような大天才でなくても、
私たち一人一人のちょっとした行動、思いつきも、すべて世界の一部なんです。
小さいけれど、世界に欠かせないピースなのです。
あなた一人がいなかっただけで、世界はがらりと変わってしまっているはずです。
みんな、何かの形で、つながっているんですから。


数年前から、私の高齢の母親は膝を悪くして、整形外科に通っていましたが、
改善は見込めず
「そろそろ、人工関節を入れるしかないでしょう。手術しましょう。」
と言われていました。

ところが、たまたますぐ近所(膝が悪くても歩いていけるくらい、本当にすぐ近所)に、当センターの卒業生が治療院を開業していることがわかったのです。(函館ではなく、札幌の話です)

それから、その治療院に通って、毎週1回、ていねいな鍼(はり)治療を受けるようになりました。
すると、膝の痛みもやわらいで、症状がすこしずつ改善してきました。
(ただし、完治ではありません)
治療の帰りに、うっかり杖を忘れて帰ってしまうこともたびたび。
「治療師としては、杖を忘れて帰ってくれるくらい、うれしいことはないですね」
と言われるようになりました。
もちろん、毎週、鍼を打ちながら、心配性で一人暮らしの年寄りの愚痴を聴いて、
親身になってなぐさめたり、励ましたりしてくれる。
もちろん様子をみながら指圧などで肩や背中もほぐし、心身ともにリラックス。

例の整形外科でも
「おや?最近、なんだか膝の調子が良いみたいですね。」
「じゃあ手術は少し先延ばしして、もうちょっと様子を見ましょうか?」
という話になって、そのうち整形外科の通院をやめてしまいました。

この卒業生も、視力を失い始めた当初は、生きがいだった料理人としての仕事も希望も失って、死を考えていたこともあるとか。
でも、当センターのことを知って生きる意欲を取り戻し、国家資格を取って立派な治療師になって、今はたくさんの困っている人を助ける立場になってます。

もし、彼が絶望のまま死を選んでいたら、私の母親の膝もいまごろ人工関節になっていたでしょう。

そんなふうに、世の中の出来事も、人も、みんなどこかでつながっているんですよね。
「偶然」という名の奇跡によって。

by MI

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