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丁先生、漢方って、おもしろいです(その2) [つぶやき]

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

ここから丁先生による「日本の鍼灸」の解説がはじまります。
ちょっと抜粋して、ご紹介しましょう。

「目の不自由な人が担当していたおかげで、鍼灸は日本で独自の発展を遂げました。江戸時代の盲目の鍼灸師である杉山和一は、細い管の中に鍼を入れて治療する、管鍼法(かんしんほう)という世界でも珍しい日本独自の技術を生み出しました。(中略)おかげで日本はどの国よりも繊細で、微妙な鍼灸治療ができるようになりました。」

おっと、出ました杉山検校のお話!
以前に、このブログでもご紹介してましたよ。
杉山検校の記事へ

「管鍼法」は、まず鍼を鍼管という管の中に入れた状態で治療点に置きます。
管鍼法の様子 透明な管の中に鍼.jpg

位置を決めたら、鍼管から5mmくらい出ている鍼の頭を指でトントンと軽く叩きながら治療点に刺します。
管鍼法 鍼の頭部分を軽く叩く.jpg

次に鍼管をとって、鍼を目的の深さまで送り込むように⼊れていきます。
管鍼法 管をはずし鍼を目的の深さに.jpg

以上、管鍼法の簡単な解説でした。
(この解説は、当センター教務課教官の監修・協力のもと作成・撮影したものです。)


さて、「日本の鍼灸」の解説を続けて聞いてみましょう。

「現在、鍼灸治療は世界的に広く行われています。フランスやドイツでは鍼灸治療をする医師が何万人もいると言われています。」

「日本の鍼灸は、自律神経の異常がもたらすいろいろな症状を改善するのが得意。」

「もう一つ、痛みの改善に効果が高いことが、日本の鍼灸の大きな特徴です。」

「さらに鍼灸は漢方薬と相性がよく、併用すると効果が高まります。そのため、同じ治療者による診立てのもと、患者さんに鍼灸と漢方薬を適用するのが理想的。」

だそうです。

漢方薬を併用するという点は、ちょっと、現時点では治療師が対応するのは難しいんでしょうね。

「しかし、日本の医療のシステムでは鍼だけが分離されてしまい、漢方薬と鍼灸の併用が難しくなってしまいました。(中略)鍼灸と漢方薬を統合させることが、これからの大事なポイントになるでしょう。」

漢方薬と併用できると、たしかにより効きそう。
それがあまり活用できないというのは、もったいない話ですよね。

※ただし、鍼とお灸を併用する技ならあります。
灸頭鍼の様子.JPG
(写真は当センターの授業風景。刺した鍼にお灸が乗る「灸頭鍼(きゅうとうしん)」と言います。これなら鍼とお灸で効果倍増!?)

この本では、漢方薬の話が一番多いですが、鍼灸、あんまマッサージ指圧に関する話も出てきます。

東洋医学の考えにもとづく、体のケアのことなど、非常に基本的なことから、ちょっと変わった話までさまざまな話題が満載です。
東洋医学といわず、自分の健康が気になる方には、ぜひおすすめしたい一冊です。

本のしめくくりの部分から、またすこし引用します。

「現在、漢方が見直されています。これにはさまざまな要因があります。」
「ひとつは漢方薬や鍼(ハリ)の効果が科学的に証明されたことでしょう。特に現代医学ではなかなか有効性が認められなかった難病で、優れた有効性が認められています。」
(中略)
「今後は漢方の薬による治療効果だけでなく、漢方特有の健康観や哲学が大切になります。本書でもたびたび言及してきた『未病』や『摂養(セツヨウ)』という概念により患者と医療者両方の意識改革を行わないと、医療費の節減や病人の減少にはつながりません。」
(「あとがき」から)
「漢方では診察するときに特別な検査をするのではなく、とにかく自分の五感を駆使して患者さんに接し、患者さんの不調や悩みを聞きだして治療の糸口を見つけます。食事や生活習慣にまで立ち入って、患者さんの自己回復力を引き出そうと努めるのです。治療の手段も鍼(ハリ)や漢方薬というマイルドな効き目のものですが、漢方では西洋医学が失ってしまった『人間と人間とのふれあい』を尊ぶという、医学の基本が今でも大切にされています。」

わがセンターの卒業生(や、これから卒業していく人たち)も、治療師として、とても大切な役目を担っているんですね。ぜひ、がんばってほしいと思います。

丁先生のさらに詳しい解説を読みたい方には「東洋医学のしくみと治療法がわかる本」(丁宗鐵著、ナツメ社)などもあります。
東洋医学のしくみと治療法がわかる本.jpg

東洋医学の基本から、症状別の治療法まで、わかりやすく解説されています。
東洋医学のしくみと治療法がわかる本 部分.jpg

by MI

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丁先生、漢方って、おもしろいです(その1) [つぶやき]

「丁先生、漢方って、おもしろいです」(朝日新聞出版)

著者はエッセイストの南伸坊さんと、東洋医学(漢方医学)に造詣が深い、医師の丁宗鐵(てい・むねてつ)さん。
面白く、わかりやすく、東洋医学にまつわる、いろんな話が楽しめる内容です。
丁先生、漢方って、おもしろいです。表紙.jpg

わがセンターの東洋医学の専門家である教官たちだと、
「そんなこと、とっくに知ってるよ」
という話も多いかも。

でも、私のような事務の職員は、東洋医学の専門的なことはまったく知りませんから、
数ページ読むたびに「へー!そうなんだ、知らなかったー、なるほど、おもしろい!」
となります。

感心することしきりなので、あれも、これも、みんなここに書きたいところ。
でも、全部書いてたらきりがないので、とりあえず鍼灸(しんきゅう)に関係する一か所だけ、ご紹介します。
丁先生、漢方って、おもしろいです。部分.jpg

睡眠がたいせつだ、とよく言われます。
その理由のひとつとして丁先生は、昼の活動で損傷した血管の修復が、夜、寝ている間に行われるからだ、と説明します。

そこで南伸坊さんが
「ハイ、わかりました。ちゃんと寝ます。寝ますけど、その、足が冷えたりですね(中略)、なかなか寝つけないことがあるんですよ。」
と訴えると、丁先生は
「じゃあ、鍼(はり)やってみますか?体調が悪い時ほど、鍼灸の効果が体感できますよ」

さっそく丁先生から紹介された鍼灸師に、治療をしてもらった南伸坊さん、

「その日のうちに、お灸とハリをやっていただきました。びっくりしました。全く痛くなく足のヒヤヒヤ感が、ウソのようにとれました。」

うーん、これは相当、鍼とお灸が効いたようですね。
症状や体質などでも効き方は違うんでしょうけど、こうやって一発で効果が出ることも、よくあるように思います。
(体験者は語る。よかったら以下のリンクもご参照ください。)
「腰痛の鍼(はり)治療」の記事はこちら
「腰痛のあはき治療体験記(その1)」の記事はこちら
「腰痛のあはき治療体験記(その2)」の記事はこちら
「腰痛のあはき治療体験記(その3)」の記事はこちら

これで足の冷え性からすっかり開放された伸坊さん。
毎日7時間、しっかり眠れるようになり、すっかり元気を取り戻せたそうです。

「しかしハリの、血流を促す威力! すごいです。ウソみたいにテキメンに出ましたね。おどろきました。」

ここから丁先生による「日本の鍼灸」のちょっと詳しい解説がはじまります。

それはまた次回。

by MI

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南が上の北海道地図 [つぶやき]

北海道命名150周年にちなんだお菓子の事を書いた時に、
パッケージの「南北が逆転した北海道の地図」に疑問がわきましたが、
そのままにしていました。(お菓子の記事はこちら

記事を書いたあとも気になって、歴史に造詣が深そうな同僚に、
「それ以前に、既に北が上の蝦夷地の地図があったのに、
 なぜ、わざわざ上下(南北)を逆にしたと思います?」
と聞いてみたところ、
 同僚1「政府や朝廷を上にしたかったのでは?」
 同僚2「江戸を上にしたのでは?」
しかも、別々に聞いたのに、同僚1・2ともに、
「今でも、列車ののぼりくだりは東京が起点ですよね。」
と言われて、あっ!と思いました。

そうか!
そうに違いない!!

以前の記事に「そもそも地図で北を上にする理由にも諸説ある」と
書きましたが、改めて調べたところ、実は、北を上にする事について、
特に根拠が無いので、諸説「あってしまう」というのが、
正確なところだとわかりました。

私はずっと、地図は北が上で当然と思っていましたが、
当然ではなかったのですね。
地理学的・科学的な根拠がないと知って、びっくりです。

じっさい、東を上にした地図や、
君主のいる場所が上になるように描かれた地図など、
その時々の事情や目的に合わせて、様々な地図が存在するのだそうです。

もちろん、現在の地図が北=上である理由は、ある事はありますが、
「昔むかしに作られた地図が、北が上だったから、踏襲している」
という、ふんわりした説が正解なのだと思います。
「北極星を基準にするから、北を上にした」という説には、
「昼間は星が見えないし、北極星が見えない地域は?」と言いたくなりますし、
「方位磁針を使ったから、北を上にした」という説には、
「では、南が上でも良かったのでは?」と突っ込みたくなりますし…。

ということで、素人考えですが、
・伊能忠敬や間宮林蔵の地図は、「たまたま」、北が上だった。
・松浦武四郎は、地図を「わざわざ」逆転させたのではなく、普通に作った。
という事だったのでしょう。

地図の上は北でなくても良い、というのが常識であれば、
当時、江戸(東京)を上にして地図を考えるのも、当然だったと思います。
松浦武四郎は、明治政府の命を受けて地図を作成していたのですから、猶更でしょう。

前回の記事で、私は、お菓子のパッケージを逆にして、
これでわかりますよねーなんて書きましたが、
20180701hokkaido2.jpg
いやいや、それこそ上下逆転だったのです。

「嵐」の松本潤さんが松浦武四郎を演じるドラマで、この話は出るでしょうか。
本当のところが知りたいので、出て欲しいものですが。
※北海道150年記念ドラマ「永遠のニシパ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~」(19年春放送)

共演者として、アイヌの女性を深田恭子さんが演じる事が決まっているようです。
マツジュンの松浦武四郎、格好良すぎて中身が入ってこないかなァ。
北海道ロケ、函館には来ないんだろうなァ。
また色々気になってきました。

by くろうーろん

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映画 しあわせの絵の具(その4) [つぶやき]

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

主演のサリー・ホーキンスは、インタビューでこんなふうに語っています。
「(モードとエベレットの)二人は断熱材のない小さな家で、厳しい冬の寒さをうまくやり過ごしていた。彼らは常に前を向いて物事と戦っていたの。その精神があるからこそ、人生を肯定することができる。」
「モードはあの時代に障害や困難を乗り越え、力強く生き抜いた。だから私たちだって、何だってできる。」

そんなモードとエベレットの前向きに生きる力が、絵を見る人に元気を与えるのかもしれませんね。
モードの部屋.jpg

すっかり便利な世の中になった現代ですら、雪国の生活はいろいろ大変。
今年の冬の函館は近年まれにみる大雪だったので、雪かきだけでも大仕事。
交通もいたるところで麻痺してしまい、みんなすっかり音を上げていました。
「春よ来い」記事へのリンク
あの時代に、長い厳しい冬を乗り切るのは、本当に大変だったろうと思います。

障害を背負っていても、厳しい環境の中でも、前向きに生きてきたこと。

ささいな事であっても、ささやかなしあわせを感じて暮らしていたこと。

そして、美しい自然や街並みを日々見つめながら暮らしていたこと。

それが、モードがすばらしい画家になった秘密だったのかもしれません。

映画の内容も、なかなか良かったですが、モードの楽しい絵と、カナダ(ノバスコシア州)の自然や家並みだけでも、観る価値があると思うくらい、素晴らしい風景でした。
(主演のサリー・ホーキンスが実際に描く絵もきれいです。)

午前中の上映だったので、宿直明けの休日に眠い目をこすりながらの鑑賞でしたが、面白くて、寝る暇はありませんでした(笑)。
映画館を出てからも1日ずっと、しあわせな気持ちが続きました。
モード・ルイスとその世界.jpg

<蛇足>
最近の映画では、公式サイトとかいろんなレビューを読んでも、意外と挿入歌などの情報を見つけるのは難しかったりすることが多いので、ここであえて音楽もご紹介。
映画のラストに流れたのは、リサ・ハニガンの「リトル・バード」という曲。
この映画とモード・ルイスの絵にぴったりの、とても素朴な味わいがある歌です。
(リサ・ハニガンはアイルランドの歌手。言い忘れてましたが、この映画はカナダ・アイルランド合作で、監督はアイルランド出身のアシュリング・ウォルシュです。)

そしてエンド・タイトルのバックに流れたのはカナダの老舗バンド、カウボーイ・ジャンキーズの「サムシング・モア・ビサイド・ユー」。
「あなたと一緒にいれば、もっと何かがあるのかしら?」
みたいな意味(たぶん)。
これもリトル・バードに負けない、映画の余韻がいつまでも耳に残るような名曲でした。

合作映画らしく、最後の歌も、アイルランドとカナダからそれぞれ届けてくれました。

また、この映画の音楽を担当したのはマイケル・ティミンズというギタリスト。
彼が所属しているバンドが、カウボーイ・ジャンキーズです。
とにかく渋い大人の演奏ですが、不思議な透明感もあるサウンドを聞かせてくれます。
(何となくジョニ・ミッチェルを思い出すような、しぶい透明感ですね。)

by MI

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函館競馬場 [つぶやき]

函館競馬場.jpg

センターから歩いて10分ほどのところに、函館競馬場があります。

じつは、現存する競馬場としては日本で一番古いそうです。
明治29年(1896年)の開場からですから、なんと120年以上。
すごいですね。

函館競馬の歴史は、140年以上前の、明治8年の招魂社祭典競馬にさかのぼります。
そんなに昔から競馬があったなんて、知りませんでした。
やっぱり函館の歴史は、なかなか奥が深いですね。
函館競馬場正面.jpg

毎年6~7月は函館競馬の時期なので、何百頭もの競走馬が集まってきます。
私は競馬場のすぐ脇に住んでいるので、この時期は、毎朝、馬のいななきや、カポカポと歩く音が聞こえてきたりします。
レースの日に庭仕事をしていると、ゲートが開く音とともに観客の歓声が一斉に沸き起こるのが伝わってきます。
ゴール前の最後の直線では、馬が全力で走る地響きと観客の絶叫やどよめきが高まり、興奮は最高潮に。
音だけ聞いていると、何だか古代ローマの戦車競走をしている競技場の隣にいるような気がしてきます。

実際に競馬場の中に入ると、芝生のコースはかなり近くで見ることができます。
目の前を、すさまじいスピードで馬たちが疾走していく迫力は、圧巻の一言です。

でも実は、函館競馬場は中に入らなくても、外からも馬を見られるんですよ。
パドック前の様子.jpg

というのも、パドックはガラス越しに外から見ることができる構造になっているんです。
誰でも、パドックを堂々と歩いている競走馬たちの様子を見られます。
パドックで歩く競走馬.jpg

歩道際の花壇も毎年きれいに整備され、もう少しするとラベンダーの豊潤な香りが歩道一杯に漂うようになります。
函館競馬場の花壇.jpg

毎朝歩いて通勤しながら、パドックをポコポコ歩く競走馬を眺めて、咲き乱れるバラやラベンダーの香りを楽しみます。
花壇のバラ(競馬場).jpg
花壇のラベンダー 競馬場.jpg

そのあとは、市電の車両基地(駒場車庫)の前を通ります。
そこで電車たちに挨拶の言葉を(心の中で)送ってから職場へ。
駒場車庫.jpg

駒場車庫はセンターのすぐ近くということもあって、このブログにもたくさん市電の記事があります。
記事その1「函館市電」
記事その2「駒場車庫」
記事その3「函館馬車鉄道記念碑」
記事その4「通勤途中に遭遇-花電車-」
記事その5「箱館ハイカラ號」
記事その6「函館の「市電」」
記事その7「冬の風景(その3)」
記事その8「函館といえば市電」

私も昔は10年くらい東京に勤めて、毎日毎日、満員電車でヘロヘロになって職場にたどりついていました。
あの頃の自分が、今の自分の通勤風景を見たら、相当うらやましいと思ったことでしょう(笑)

by MI

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タグ:函館 競馬場

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映画 しあわせの絵の具(その3) [つぶやき]

しあわせの絵の具05.jpg

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

2人の家に、たくさんの人が絵を買いに押し寄せ、雑誌やテレビの取材まで来るようになりましたが、良いことばかりではありません。
逆に、これまでの静かな生活が乱されてエベレットはいらだちを深め、そんなことから二人の間には、だんだん心の行き違いが起こりはじめます。

そんなときって、何をしても裏目に出てしまうものですよね。

何かを言えば言うほど(言わなければ言わないほど)、
すればするほど(しなければしないほど)悪循環が広がり、
二人が愛し合っていればこそ、逆に心の溝が深くなってしまう。

そして、ついにモードはちょっとした家出状態になって、知人の家に厄介になります。
その知人が何気なくモードに、こうたずねます。
「あなたの絵はすばらしいけど、何があなたを突き動かしているのかしら?」
それに対してモードは
「特に何もないわ。ただ私は、この手に絵筆があって、目の前に窓があれば、それだけで十分しあわせなの。」

しあわせの絵の具02.jpg

モード・ルイスを演じるサリー・ホーキンスは、この映画のために、数か月間も絵画教室に通ったそうです。
(両親が画家というほどなので、もともと絵は上手いらしいですが)

また、モードの独特の動きを再現するために、ダンスのレッスンも受けていたとか。
ダンスのレッスンが役にたつとは、とっても意外でした。
でも言われてみれば、なるほどダンスに通じるものがある。

そこまで役作りに徹底した成果は、演技のひとつひとつに、はっきり表れていました。

エベレットを演じるイーサン・ホークの話がまた面白いです。
(パンフレットから抜粋)
「ある晩、帰宅したら妻がキッチンですすり泣いていたんだ。驚く僕に彼女はこう言ったのさ。”脚本を読む前に、この役を引き受けると約束して”と。僕より先に妻がモードに恋したんだ(笑)。」

モード・ルイスの絵の世界は、本当に不思議な魔法のようです。
素朴だけれど華やかで、清らかで、やさしくて、どの絵を見ても愛らしい。
画面構成や画題のセンスもすばらしいけれど、どこかユーモラスで、しあわせにあふれています。
モード・ルイスの作品コレクション.jpg

なぜ彼女は困難な生活の中で、こんなに明るくて、人をしあわせな気持ちにする絵を描けたのでしょうか?

(この記事は次回につづきます)

by MI

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北加伊道をいただきます。 [つぶやき]

先日、「北海道の命名から150年」の記事を書いた時に、
某お菓子メーカーから、それにちなんだお菓子が出た、とも書きました。
記事「北海道は北加伊道」はこちら

そのお菓子を見つけました。
20180701hokkaido1.jpg
「北加伊道(ほっかいどう)」です。
(ごめんなさい、ここではメーカー名は伏せますが、この名前で検索すると見つかる筈です。)

よく見ると、パッケージに地図が描いてあります。
これは、当時(今から150年以上前)、松浦武四郎が作成した地図だそう。
現在の地図とは、配置が逆になっています。

地図は、「北が上」に慣れてしまっているので、
逆さまだと認識しづらいかも。
ひっくり返してみました。
20180701hokkaido2.jpg
どうでしょうか。
パッケージの北海道が、わかりますよね?

現在のものに近い北海道の地図は、1800年代前半(1820年頃?)に、
伊能忠敬や間宮林蔵によって作成されていました。
まだ「蝦夷(えぞ)」だった頃です。
これらの地図は、現在と同じ、北が上、南が下でした。

1860年頃に完成した松浦武四郎の「東西蝦夷山川地理取調図」によって、
蝦夷地(えぞち)の地図はより正確になったそうですが、
この時の地図は、今とは逆に、南を上にして描かれました。

さらに、松浦武四郎は、明治2年(1869年)に「北海道国郡図」を完成させます。
ここでついに「北海道」の名前が登場していますね。
お菓子のパッケージに使われているのは、この地図のようです。
こちらも、「東西蝦夷山川地理取調図」と同様、南北が今とは逆です。
…なぜ?

調べてみたのですが、
そもそも「なぜ地図は北が上なのか?」という事ですら、
諸説ある事がわかり、結局わかりませんでした。

さて。
お菓子の「北加伊道」に話を戻します。
20180701hokkaido3.jpg
つぶあんをパイで包んだもので、四角いお菓子です。
この形は、北海道の形を意識したのかな?と思ったので、
写真を撮る時に、ひし形になるように置いてみました。

このお菓子がきっかけで、北海道の歴史に興味を持つ方もいるかもしれませんね。

ところで、「嵐」の松本潤さんが、ドラマで松浦武四郎を演じる事が決まったそうです。
※北海道150年記念ドラマ「永遠のニシパ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~」(19年春放送)
ドラマを見れば、南北が逆になっていた理由も、わかるでしょうか?
来年の春まで、楽しみに待つことにします。

by くろうーろん

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映画 しあわせの絵の具(その2) [つぶやき]

しあわせの絵の具04.jpg

前回記事の続きです。
前回の記事はこちら

両親を失って孤独になったモードは、魚の行商をしていたエベレットという男の家に家政婦として住み込みます。

エベレットは孤児院を出て、あまり教育も受けておらず、不愛想な感じのする男です。
でも本当は芯の強い働き者で、思いやりがあり、繊細な気持ちをもっています。
(実際の本人のインタビュー映像を見ると、映画以上に繊細で優しい雰囲気のおじいさんです。)

家は、4メートル四方しかなく、とても小さい。
電気も水道もガスもない、質素なもの。
あの極寒の地で、すきま風だらけの小さな建物。
特に重いリューマチを患うモードにとっては、とても過酷な生活環境だったはずです。

それまでは男一人暮らしだった、殺風景な部屋の壁。
その壁に、ある日、モードがカラフルな絵を描き始めます。
するとその瞬間、家の雰囲気が、がらりと変わって、明るく華やかに変貌してしまうではありませんか。
実際に映画館で観ていると、
「おおっ!わずかな絵筆の動きだけで、こんなに雰囲気が変わっちゃうのか?」
これがモードの魔法の始まりです。
しあわせの絵の具パンフレットから.jpg

子供の頃から、必死に働くことしか知らなかったエベレットにとっても、モードの絵の華やかさと愛らしさは、それまで彼の身の回りにはなかった、新しい世界でした。

エベレットは、モードと暮らすことで、これまで経験したことのない感情を学んでいくようになります。

そして二人の間には愛が生まれ、質素な結婚式を挙げ、つましく幸せな生活に。

やがて、モードの絵は徐々に評判を呼んで、絵を買うために、客が押し寄せるようになっていきます。

ついにはアメリカ大統領からも絵の注文が来ますが、モードは
「お金を先払いしてくれなければ、描かないわよ」
と言ってのけます(笑)。

(この記事は次回につづきます)

by MI

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映画 しあわせの絵の具(その1) [つぶやき]

しあわせの絵の具 映画パンフレット.jpg

カナダ人作家のアリステア・マクラウドの作品をはじめて読んだときは、
その独特な世界と、登場人物たちの強い存在感に圧倒されました。

目の見えないおばあさんが登場する短編小説もあるのですが、
そのおばあさんの存在感たるや、小説の世界とはとても思えないほどリアル。

「アリステア・マクラウドの小説の中では、人生の素材が違う。今のぼくたちの日々はアルミとプラスチックだが、彼の世界では人は鉄と針葉樹と岩に囲まれて生きている。」
(池澤夏樹)

その作品の舞台は、どれもノバスコシア州のケープ・ブレトン島。
ほとんどの物語の主人公はスコットランド移民たち(とその子孫)です。

「ノバスコシア」は「新しいスコットランド」という意味で、
スコットランドやアイルランドからの移民が多い地方です。
ノバスコシア州(地図).jpg

私のような北海道出身者は、開拓時代からの苦労話をよく聞かされて育ちました。
(もちろん先住のアイヌ民族にとっては、またさらに長い苦難の歴史があるわけですが)
私の親の世代くらいまでは、まだまだ開拓時代の名残があって、厳しい生活環境だったのです。
だから余計に、寒い過酷な環境で、たくましく生きる移民の話は、他人ごとではない気がしてきます。

ノバスコシア州は、サラ・マクラクランという歌手の出身地でもあります。
(名前からして、たぶん彼女もスコットランド系?)
歌もピアノもギターも上手なうえに、きれいなメロディーも作ります。
歌詞も、たとえば
「あなた自身の靴をはいて(自分のスタイルをつらぬいて)、行くと決めたところへ足跡を残していこう!」(In Your Shoes)
なんて感じ。
移民の子孫らしい歌詞のような気もしてきます。

といったわけで、いつかカナダのノバスコシア州に行ってみたいなー、と思っていたら、先日は映画の中で、その願いがかないました。

「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」です。
絵を描きながら、あなたと暮らすのが私の幸せ.jpg

これはモード・ルイスという実在した画家の物語。

彼女は幼いころから若年性関節リュウマチという病気に苦しみ、手足など体に重い障害がありました。
生涯を通じて、一度もノバスコシア州から出たことはなかった(どころか、家から車で1時間以上かかるところに行ったことはなかった)そうです。

映画の内容は、また。

(この記事は次回につづきます)

by MI

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北海道は北加伊道 [つぶやき]

今年は、北海道の命名から150周年です。
150周年記念頁の画像
(https://hokkaido150.jp/)

これにちなんで、記念式典など、色々なイベントがあるようです。
また、某お菓子メーカーから、ちなんだお菓子も発売されました。

その名前が「北加伊道」というのです。
北と道は同じ漢字ですが、「海」ではなく「加と伊」なので、
何だか不思議に思いました。

北海道は、むかし、「蝦夷(えぞ)」とか「蝦夷地」と呼ばれていました。
(余談ですが、今人気の、アイヌの少女が出てくる漫画を見ている方には、
 おなじみの呼び方かもしれませんね。)

蝦夷の語源には諸説ありますが、いずれも、あまり良い意味ではなかったようです。
そこで、元冒険家の松浦武四郎という人物が、
 ・北加伊道
 ・日高見道
 ・海北道
 ・海島道
 ・東北道
 ・千島道
という、名称の候補を六つ、政府に提案されたそうです。
この中から「北加伊道」の音と「海北道」の漢字が採用されたのでしょう。

候補のいくつかに「カイ」という音が含まれていますが、
松浦武四郎は、アイヌと交流が深かったので、
アイヌ語で「この地で生まれたもの」という意味の
「カイ」を取り入れた、と言われています。
その名残りが、万葉仮名のような「加と伊」にあらわれているのかも。

これまで私は、北海道という名前に疑問を持つことはなく、
北にあるから「東海道」をもじったのかなー?などと、漠然と思っていました。
由来を知って、とても興味深かったです。

お菓子が無かったら、改めて調べることはなかったかもしれません。
せっかくだから、買ってみようかしら。

by くろうーろん

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